「田七」、「紅参」そして「雲南田七」へと

(旧包装の「ウチダ田七末」)
・・・・田七ブームの火付け役は、「ウチダの田七末」(ポンド瓶500g)から始まったと言っても過言ではないだろう。その昔、漢方調剤薬局(現在ではそのようなカテゴリーはないが・・)の調剤棚の隅にひそかに置いてあったのが懐かしい。
ラベルも限りなく無印にに近かったと記憶している。
薬局製剤の原料として使用し、一部の漢方愛好家から珍重されてきた経緯もあった。
昭和の末期~平成への過渡期あたりからにわかに漢方雑誌や、漢方・生薬を特集するようになり、田七人参、又は三七人参の名が世に普及しはじめた。
しかしながら、全く異質の「紅参(こうじん)」も同時に浮上し、これがあっさり?と保険適応となり、「コウジン末」の名で薬価収載されてしまった。
このため、田七人参の存在は、一旦脚光を浴びたものの、医薬品「コウジン末」の怒涛の勢いに押される形となり、結果、「健康食品」の市場へとその活路を選ばざるを得なかったと思う。
そのような、混沌とした時代に、誕生したのがウチダが総力をかけて開発した商品が最高品とも言われる「雲南田七」だ。
当時、私は病院の薬剤科に在籍していたので、もちろん「コウジン末」はよく知っていた。
東洋医学外来も併設していたので、ドクターらが好んでツムラを処方していたからだ。
「でんしち?」、「何それ?」、「ああ、三七人参ね。」、「でもコージン(紅参)の方がモノがいいんでしょう?」と、こんな程度の半端な知識しか持ち合わせていなかった病院薬剤師時代。
それほど「田七」の存在と位置づけは当時は極めてマイナーでございました。














