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新・おやじのブログ

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グループホーム

グループホーム

東京のN病院が運営する有料老人ホームが伊豆にある。
私が病院勤務時代に何度かそこへ出張させられ、勤務したことがある。
元はと言えば病院薬剤師会の先輩の紹介もあったのだが、
形としては、その病院から出向する形で半年ほど赴任した。

出向と言えば聞こえは良いが、夏が終わって東京の病院へ戻ると、
職場の仲間から、ずいぶんと日焼けして健康そうだね。
毎日、釣(つり)していたの?いいなぁ~。
と、やたら冷やかされた記憶がある。

先日、母が鎌倉の施設で急性胃潰瘍で吐血し、市内の病院に緊急入院搬送。
特に重篤ではなかったのだが、内視鏡術で処置をしていただき、20日後に無事退院となった。

前の施設にそのまま戻ることを母はひどく拒否し、仕方なく一時的ではあるが先に述べた伊豆の有料老人ホームへ臨時入居することになった。
ドクターから刺身は食べても良いとの了解を得られたため、彼女は日々好物の魚を食することができて、すっかり明るくなり回復の兆しがみえてきた。

その後の入居先ではあるが、私自身の仕事のことも併せて考えると、横浜市や東京青梅市からはあまりにも遠く、・・・しかし・・・横浜は「お父さんの思い出があるから嫌だ。」、「青梅は寒いから行きたくない。」との彼女の希望も真っ向から否定もできない。困ったものだと思案に暮れていたところ、その有料老人ホームの事務局長からある提案をもちかけられた。

そこの関連施設で、いくつか「グループホーム」なるものがあると言う。
福祉介護の勉強は恥ずかしながらやってきたつもりであるが、そのグループホームについての認識は机上でのことであり、現実に把握していないのが本音である。

静岡県の風光明媚な場所に点在する「グループホーム」。
ひどく興味を覚え、私は事務局長に「見学」を申し出た。
翌朝、彼と同伴で訪れたのは静岡県焼津市にある施設で、まだ完成して月日が浅い立派な施設だ。
スタッフが出迎えてくれて恐縮したが、とにかく周囲の環境を含めロケーションも申し分ない。
係員からの仔細説明を聞くまでもなく、その内容の充実ぶりに感動したが、反面、入居に際しての「本人」が果たして適性を欠いていないか、審査をパスできる病状かどうか・・・の不安がわいてきた。

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帰りの車で人柄の良い事務局長がいろいろと親切に説明をしてくれて、頭が下がる思いであるが、裏腹に私自身の不勉強さも手伝い、「グループホーム」の進出の実態や内容を把握できていなかった我が身の愚かさを恥じた。

チャコの幻影

先日、都内に3日間ほど出張している最中に、母の入所先である鎌倉の療養施設から緊急連絡が入った。
無断外出をしたそうである。
すぐに戻って、職員から騒動の顛末を聞いたところ、トイレに行くふりをして、施設のすぐ至近にあるスーパーマーケットで買い物をしてたそうである。
猫のトイレ(砂)とモンプチというフードをたいそうな量を購入し、不審に思った店長の通報でことなきを得た・・・・とのことである。
当人に問いただすと、あなたが全然来ないから、チャコが可愛そう・・と泣いている。
さすがに、彼女に会うなり『馬鹿!』と怒鳴ったことを後悔した。

以前、私の家には「チャコ」という可愛い猫がおり、家族の一員として君臨していた時期があった。
もとはと言えば、はぐれ猫であり、子猫の時に台風の日、死にかけた子猫を介抱し育てるうちに、家族となった。
母の「チャコ」に対する思い入れは強く、よく「チャコ」の夢を見たとベッドの脇でつぶやくこともある。

多分、何日か私が不在で不安になったのだろう。他の身内が見舞っていたが、さらに不安が増幅し、白昼夢のように「腹をすかしたチャコ」の幻影を見たに違いない。
その足でスーパーの店長に騒がせたことを謝罪に行ったが、
いきさつを話すと、「いゃあ~わかるような気がします・・・。」と笑顔で対応して頂いた。

思えば、あの猫が亡くなった時には、私もショックで食事がのどを通らなかったような思い出がある。
母の状況からするに、来月あたりからひょっとして前の病院へ戻される予感もしたが、夜の海風もさわやかで、久々の猫への思いが蘇り心地よい気がした。

美人ケースワーカーの活躍

神奈川県七沢にある療養施設に母が入居して久しいが、繰り返しの疾病悪化に伴い、後方病院へ再入院や、保土ヶ谷にある市民病院への搬送など、この2年間めまぐるしい日々を送った。

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結局、現在の介護保険や、医療保険とを比較し、身障保険を優先するかどうか身内として迷うところであるが、歩行もなんとか可能、話す言葉にもあまり問題が無き場合、言葉は悪いが医療機関からはあまり相手にされないことがよく理解できた。

出費もままならないので、結局は療養施設に甘んじた形ではあるが、自身の心境としてはかなり複雑である。
いっそのこと県外の施設へと考えていた矢先、本年10月あたりから遷延性のうつ病がかなり進行し、夜間俳諧なども時折見られたため、鎌倉の病院に転院することになった。

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せっかく七沢に小さなオフィース兼住居として気に入っていたものの、わずかに半年も経過せぬうちに私も鎌倉方面へ転居せざるを得ない状況となった。まるでジプシーである。

脳外専門科目を有する病院はあまりなく、療養施設を有する病院となるとさらに狭き門となる。
母の第一希望の海に一番近い病院に入れたことは、彼女の天運が強いということになるだろう。結局、三浦市に1箇所、海岸に至近の施設もあったが、自身の住まいで適当なところが全く無く、最終的には鎌倉市の病院に落ち着いた。
ただ、こちらも入所して限界は最長5~6ヶ月というところで、半年を過ぎたらどこか適当な長期療養型施設を探さねばならない。
ただ、病が再発すれば、元の病院に逆戻りし、施設探しはまた振り出しに戻る。
当人には病気はもうこれ以上するなとも言えず、固定的な施設に巡りあえるのも天運かも知れない。
このような矛盾だらけの環境の中で、私は一人のケースワーカと出会った。

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某病院の総婦長をされていた経験から、仔細に至るまでめんどうみが良く、とことん家族の相談にのってくれる女性だ。
医療保険のことで、初めての時、言い合いにまで発展しかけたが、小生の介護保険法に関する認識が甘かったことが判明し、後日私から恐縮し謝罪した方だ。
それからのお付き合いになるが、今日この日まで転院づくしの彼女や私へのサポートを積極的にやって頂いている。
全く頭の下がる思いだ。
まだまだ、日本の福祉・医療に携わるナイチンゲール精神は衰えていないと感心する。

「30年内にM8級」87%の確率…東海地震

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早朝地震があった。

すでに私と室長ののぼる氏は起きていて、身支度をして今まさに外出するため部屋をでる時であった。
けっこう揺れは大きく、サイドボード上の花瓶が落下したのを記憶している。
神奈川県の七沢のレベルは6弱と聞いたが、みらいの25階に住んでいる紀子氏の話によると「船酔い」するぐらいの大きな揺れと伺った。笑

とても笑い事ではすまされない、いつも皆に話している私が一番懸念しているのが「東海大地震」への対策だ。

有事には人はあてにできないので、自分で生死の活路を確保しなければならない。
将来は必ず起きることだから、リュック一つですぐに脱出できるように常日頃は考えておくべきであろう。

想定される東海地震は静岡県中西部を震源域とする巨大地震で、政府の地震調査委員会は、規模はマグニチュード8程度、今後30年以内に発生する確率は87%と予測している。

そのようなわけで、今度青梅に竣工する本部の建物は完全なる免震構造にはしたが、予定されるマグニチュード8では本日の規模のちょうど1000倍の相違があるため、まずは現実無理であろう。

 日本列島の太平洋側では、フィリピン海プレートが陸側のプレートの下に潜り込んでいる。その動きによって地下にひずみがたまり、限界を超えるとプレートがずれて津波を伴う巨大地震が起きる。こうした地震は駿河湾沖から四国沖にかけて100~150年周期で繰り返し発生しており、東から、地域別に「東海地震」「東南海地震」「南海地震」と呼ばれる。

 東海地域では、1707年(宝永地震、マグニチュード8・6)、1854年(安政東海地震、同8・4)に大地震が起きた。だが、20世紀以降、東南海、南海では、それぞれ1944年、46年に発生しているのに、東海地域では発生していない。

 政府は東海地震対策として、78年に大規模地震対策特別措置法を制定し、同地域での防災対策を強化。静岡・愛知両県の計21か所に地下の岩盤のひずみを測る「体積ひずみ計」を設置した。地震発生前に起こるとされる「前兆すべり(プレスリップ)」をとらえるためだが、今回の地震前に、予兆は検出されなかった。

 気象庁地震予知情報課の横田崇課長は11日午前の記者会見で「想定している東海地震とは違うタイプだったため、前兆現象が起きなかったのだろう。

いずれにしても、これで「想定外」の超ど級の地震がいつきてもおかしくない状況になったことには変わりなく、少しずつエネルギー放出するであろう・・という楽観的意見もなくなったとみてよい。

いつきても良いよいうに貴重品とズック靴だけは枕元に置くべきと再認識させられた。

廃棄費用について・・・・・。

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「私たちが今度の休みにまとめてやるからいいですよ・・・」と室長から言われていたが、
完全に小生のプライベートであるため、そうもいかず8月上旬に横浜市港南区にある母方の家に行った。
引越しというか、不用品の廃棄と言った方が正確かも知れない。

母は既に病院に入院し、検査後の開胸術を待っている重篤な病状であり、その家の主(あるじ)、つまり小生の
父方は昨年他界している。

従って、わずかに1年足らずで、当家屋の住人は多くの家財具をそのまま残し、時間がストップしている状態である。
昔の家の造りもあって、老朽化は否めないが、それよりも各部屋にところ狭しと置かれた家具、調度品、寝具、衣服、
書籍、家電製品から食器、生活ゴミに至るまで、失礼な言い方、丸ごと何トンかの「大ゴミ」が格納されているわけだ。

室長がその都度、何人かの部下を連れてきて、市の指定する大ゴミ日に搬出するとの助言であるが、大ダンスが2個
整理ダンスが6個、サイドボードが3個、大型冷蔵庫が3台、旧型テレビやOA機器が各部屋に配置、さらに応接セット
から納屋や物置に至るまで、すべて「思い出多き・・・されども大ゴミ」がびっしりだ。

月2回の大ゴミの日を利用するとして、私の計算では概ね10日間、延べ5ヶ月の出動と労力、疲労、人件費(業務ではないが
それなり以上のキモチというか謝礼はするつもりであった)
「私たちがやるから・・・」と、言ってくれた彼の言葉は素直に嬉しいが、そうも甘えられない。
自分のことは自身でやるしかない。・・・そう部下に檄を入れている人は誰かな?笑

さて、さぞかし、お大尽の邸宅であるかのように書いたが、いや、一般の家庭の普通の二階屋の家のことである。
これが現在、悲しいかな日本における高齢化社会の目に見えない現実かも知れない。

つまり昭和年間の消費文明の産物、置き土産。喜びも悲しみもいっぱい詰まった大きな思い出の品が、
分厚い写真アルバム70冊にも入りきれず、人気(ひとけ)のない部屋に山となり放置されている。
呆然として為すすべがない。果たしてどこから手をつけてよいのやら。

多かれ、少なかれ、このようなご経験をされた方も読者にはいると思う。
いないのであるのなら、幸いであるが、ひょっとして不幸かも知れない・・・そのうちご経験します。ご心配めされるな。

概ね平均寿命をまっとうした親の思い出の品を整理整頓するのに、ゆっくりと自宅で回顧しながら話し合い、
故人を偲び、その品々を拝見し思い出の追体験など、概ね7年間を要すると伺いました。

相続でその土地・家屋を継承するケースや、そのまま家にお住まいになられる方でしたら、それも良いでしょう。
しかし、それはあくまでも個々の状況により大きく違いはあります。借家や賃貸マンション、さらに故人の持ち家であっても、
相続や権利形態の移行により、短期間で引き払うケースもあるはずです。

本来は故人の持ち物はこのままに放置すべきでしょう。しかし、いつかは埃にまみれ、住人を失った家屋は疲弊し、朽ちるに違いない。
親の思い出に浸りながら、一つ一つと指を折るように整理整頓したいところですが、小生自身の体調や仕事の事情、または
これから長期療養生活を予定している母親の看病のことも考慮すると、そうものんびりできないというのが正直な気持ちです。

母自身も同じ気持ちのようで、ベッドの上から過日正式になんと「不用品を廃棄をして、ぱっぱっと片付けておくれ」の依頼を受けました。

困ったものです。正直な気持ち、「こういう親にはなりたくない」と当初は身勝手に思ったものですが、そうも言えず(笑)。

明日は「我が身」かも知れませんね。それ以来、最近は大ゴミにならぬように、なるべくコンパクトなもの。
すぐに廃棄できるもの。シンプルなもの。軽いもの。ダブらないもの。・・・を小生はよく意識して買うようにしております。笑
なかなか、身の回りをシンプル、イージーにまとめあげて、有事に備えることは難しい。

本来、貴重品の入ったボストンバッグ1個、セカンドバッグ1個、スーツケース1個、ノートパソコンとPDAを各1台・・・
というところが小生の理想なのですが・・・。

果たして皆様はいかがですか?

複数のクローゼット、靴数十足、多くの下着、無数の家庭家電と家具類に囲まれていませんか?
市の粗大ゴミ回収を利用しないてはない・・・・確かに一理あります。しかし、それはあなたが元気な時に言えることであり、
さらに安価な廃棄を望むなら、自身でワゴンやトラックを借りて、公共の廃棄センターやリサイクルセンターへ「持ち込む」方法もあります。
しかし、あなたが倒れたり、病で動けなくなったらいったい誰がやるのでしょう???
伴侶がやる。子がやる。誰もいなければ知人がやる。嫌な言い方ですが、そう簡単にできるでしょうか?

単なる移動や引越しを除き、今、一般家庭の家一軒分の撤去、撤退にかかる費用、つまり既存の生活家電、被服、寝具、家具、雑ゴミの
一切を丸ごと処分したらいくらかかると思いますか?
大ゴミに関し、市町村はお安いと思いますか?場所により金額に大きな較差があることが判明しました。
小生が住んでいる市はここ数年で極めて高額になりました。(これ以上は言いませんが・・汗)
さらに捨てることのできる規格が制限をされ、規格外となると大幅に値上がりとなります。
かつ、規格外の場合にはセンターへ直接持参しなければならないようです。
乗用車には積めませんので、トラック等を借りれば当然費用も発生いたします。
多分、想像以上の労力と時間を要することでしょう。

現在、家一軒の生活ゴミ丸ごと処分が公共で時間をかけて100万円、民間回収業者で超特急200万円と言われている時代。
あなたはどちらを選ばれますか?

どちらも高いとお思いなら、平素から「大きいもの」を買わない。少しずつ捨てるを平素から心がけるしかありません。笑

今後は物品購入時に、必ず廃棄時の費用も念頭に入れて購入すべきですね。

さらに相続時には必然的に廃棄費用発生も考慮する時代が既に到来していのかも知れません。

いつまで水際作戦をやっているんだ??

書いてもあまり意味がないと思ったが、少々腹立たしいのでペンをとった次第で。
どこの誰が「水際作戦」などと名づけたのか?
戦争映画を見すぎと違うか?
一定の評価はある・・・との意見を某評論家がテレビトークでのたまわっていたが、果たしてそうだろうか。
潜伏期間のあるウィルス相手に、検疫官が駆けずり回ったとしても、しょせん無理は無理。
1人発症すれば10人。10人発症すれば100人。じきに1000人の潜在罹患者がいる計算になると思う。
国を挙げての「対面」もあるかと思うが、医療や患者への接し方はお国事情も踏まえれば、
決して他国(特にWHO)と同列で何でもかんでもコトを同じくすれば大失敗をする。
今回がいい例だ。
島国だけあって、言うまでもなく当初は「出入国」での管理強化は有効かも知れないが、地域医療へのフォロー、
同時に発熱外来への国を挙げての後方支援を早めに成すべきではなかったのか。と、私は思う。
切り替えのタイミングを逸したとか言っているようであるが、そうであるならば、銭のばら撒き政策を
すすめるよりも、せめて低年齢の子供たち全員への消毒薬やマスクの配給などをして頂きたかった。
4人に1人のタミフルの備蓄があるとの方言は現実かも知れないが、いざとなれば空論に近く、低年齢の発症が
多ければ使用のケースも縮小する。
「出入国」の完璧管理をするならば10万人規模の隔離施設と対応する医師団を結成しなければ所詮無理であり、
結局はウィルスに慄(おのの)くマスク姿の市民の行列。
不幸にも罹患された患者さんの追跡調査を報じるメディア。視聴率?皆さん何をやっているのか??
政権交代?解散?何を日々お考えになられているのか。。。。。
隔離された高校生も可愛そうです。傷ついたよ。
今回の件に関しては医師らは極めてクールに対応し、巷の過剰な(決して無駄とは言わないが)騒ぎをよそに、
半ば呆れながら平常通り日々の患者を診るしかないと思う。行政の先走りのツケを最終的に払うのは医療人だから。
ウィルスとの接近戦は政府中央は無理、無力であり、真の意味での闘いは地域医療に関わる「現場」の人間である
ことをよく認識して頂きたい。

パンデミックは既にカウントダウン?

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パンデミックは既にカウントダウン?

確固とした確証もないのに、このようなことを書くのはどうかと思うが、先般は、当初の小生の予想ではこの夏~10月にかけて一番ヤバいと記述した記憶があるが、どうもウィルスの拡散が予想を大幅に覆すほどの勢いを増してきたようだ。

近しいドクター意見を聞くと、「甚だ迷惑」とまでは言わないが、「少々過敏に反応しすぎ・・」とのご返事が返ってくる。

平素の臨床業務にも支障を生じかねないと極めてクールな意見であるが、果たしてその真実は?

もちろんウィルスの拡散次第ということであるが・・・現実として一番困るのは、5月度の外来患者さんにはまだ「ひどい花粉症」の方々、「かぜひき」さん。そしてさらに本来のインフルエンザ(変な言い方であるが)が異常に残留している。

そこへ今回の「豚インフルエンザ」騒ぎ。

言い訳がましいが、「マスク」や「消毒液」は既に欠品しております。

特にマスクというマスクはことごとく大手企業の「まとめ購入」が既に5月前に完了しており、今市場に残っているのは一般の100円ガーゼマスクのみ・・・と、場末の薬局プロたんのみ・・と思っておりました。

実は本日、東京都あきる野市(人口7万人程度)の新興都市における100円ガーゼマスクの売り場という売り場、薬局、ドラッグストアを含めて全て「ゼロ」になったと、我が友の輿石部長さんから連絡がありました・・・・。汗

マジ??・・・プロたんは?・・・もちろん売り切れです。・・・へぇ~。

それじゃあ・・・ワシもそろそろ「ウィルスマスク」でも購入しないとなぁ・・・と思い、青梅の本部へ連絡しましたところ、『せっかくですが・・・・とっくに終了しているのですが、日報メールはご覧になられませんでした??』との担当者ご回答。。

『何サマだと思ってるんだ、今頃遅いんだョ!』と、私のひがみ亡者の耳には聞こえました。汗

ひょっとしてパンデミックは既にカウントダウンなのか?あまり認めたくないことなのですが、電車内や駅でのマスクの群集。

何かマスクしていないと・・「変?」・・・こんなこと過去のワシの記憶ではほとんどありません。

な、ワケで、本日の横浜ダイヤモンド地下での買い物時には、マスクが無かったもので愛用のタオルで覆面して歩きました。

ブラックアウトは誰にでも起こり得る

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ブラックアウトそのものは、あまり語られない非日常的なものと考えられがちであるが、果たしてそうでもない。

一過性に薬物を大量投与すると、肉体自体に「ある種の衝撃」を受けたと同じ状態となり、記憶を喪失することだ。

具体的に言うならば、睡眠薬自殺を図った患者、眠れないからと言って眠剤にアルコールを加えたことにより生じる薬物相互作用。

又は、あまりの肉体的な痛みから、鎮痛薬の大量投与を実施した時などに起こる。

記憶喪失の度合いには個人差があるが、ほぼ6時間ぐらいと見て良いであろう。

脳内の変性はないものの、血圧低下をきたし、悲観的な状況になれば脳梗塞や心筋梗塞を誘発する症例もあるようだ。

薬物ではなくてよかった???酒飲みすぎによる『ブラックアウト現象』???

昨日の新聞記事に某有名タレントK君の酩酊記事。。

私に言わせれば、酒も『アルコール』という立派な薬物。取材する気持ちもわからぬではないが、この場合には『ブラックアウト現象』などと表現して欲しくはなかった。

正直言って『騒ぎすぎ』である。当人が一番恥をかいたのは言うまでもないが、それにしても、報道特集のような速報や、薬物汚染をにおわせる『家宅捜索』などは正直いかがなものかと思った。

某政治家もお怒りなされたとのことであるが、果たして先の国際会議上での、お偉い方による酩酊事件よりもまだ今回の方がマシというものであろう。

『酒ぐせの悪さ』は身を滅ぼす。と、言うならば、K君がそれを身をもって公開したことに他ならず、ファンの方には申し訳ないが(実は小生も彼のファンの一人である)、人生七転び八起。

大酒の末、フルチン裸のご乱行。ストレスはいささかも払拭できなかったのでは??

今後の彼の酒断ち、謙虚、真摯、精進と養生を人生の先輩として期待するものである。

実は小生も過去、酒がモトで(・・というと聞こえは良いが実は、なるべくしてなった)大きな事件を引き起こし、霞たなびく遠山の麓に数年間赴く心境の時期を送ったことがある。

酒断ちの歌はある意味「人生との訣別」にも値はしたが、振り返ればそれ以上に「社会」は冷たいものであると少なくとも認識はした。

従って今回『K君』の今回の『それ』は、一過性のブラックアウトであることを望む。

有名税は割高でツケも強烈。バシングもここまでくると逆に気になるものだ。

ブラックアウトは誰にでも起こり得る現象だ。

しかしそれを『紙一重の理由』としては一切認められないのが世間というものだ。実に寂しい。

旧・おやじのブログが破壊!!!?

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昨日、日曜外来で東京の大学病院に行っている時に、薬剤師輿石さんから連絡が突然あり、ひどく驚きました。
私のサイト『おやじのブログ』がめちゃめちゃになっているとのこと。

ああ・・・いいよ。わかった。
と、言いながら内心「たいしたことないのに」と思ったものです。
今となっては申し訳ない。

それでも気になりましたので、あざみ野オフィースへ帰宅後に試しにパソコンから旧おやじのブログを見ましたところ・・・何でもないじゃん・・・と、一瞬思ったのですが、なるほど少し変です。ぐちゃぐちゃになりますね。
お話になりません。

さらにアップデート記事のリンクをクリックすると・・・とんでもない事が起きて、これでは閲覧者も驚く。

仕方がないので、OA責任者の田原くんが1日かけて修復し、固定してくれたそうです。
従って、消すことも、更新することもできません。(笑)

結局、データーは永久保存版とするしかなさそうです。
原因はもっか不明ですが、多分、もともとタイプの違うphpを過去に3回も乗り換えてきたいきさつもありますし、所詮無理であったかも知れません。

だいたい3年に1度しか更新しないブログなので・・・・と、田原氏に言われてしまうと、何も返答できませんなぁ~。(;><)

従って今後は、新しいプログラムによる『新・おやじのブログ』として再出発させて頂きます。

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